長刀鉾の装飾品

長刀鉾見送り – 伊藤若冲「旭日鳳凰図」より

 祇園祭の山鉾は一番大きな見送を始め、天井幕、水引、胴懸(どうがけ)などを重ねるように懸け、華麗に飾られます。いずれも江戸時代後期の作品が多く、現在では復元されたものを掛けられていることが多いです。

伊藤若冲の見送「旭日鳳凰図」

 上に掲げた画像は、長刀鉾保存会設立五十周年を記念し、その年、同時に誕生三百年を迎えた伊藤若冲の旭日鳳凰図(宮内庁三の丸正蔵館蔵)を見送りとしたものです。

 奇想の画家として人気が高い伊藤若冲(1716-1800)は京都、錦市場の裕福な豪商・青物問屋『升源』の長男として生まれました。商売には興味がなく、絵を描くために家督を弟に譲り、早々と隠居を決めた若冲ですが、町年寄として枡屋があった中魚町の隣にある帯屋町の町年寄を勤めるなど、隠居後も町政に関わりを持っておりました。更に錦高倉市場の危機(1771-1774頃)に際して市場再開に奔走していました。こうした事情のためか、多作の若冲ですが、確実にこの時期に描かれたことが解る作品は殆ど無いのです。

 祇園祭は京の町衆の祭であり、若冲は京の町衆の画家です。意外なことに祇園祭の山鉾に若冲の絵が使われたのは長刀鉾が初めてということですが、これほど揺るぎない組み合わせはあるでしょうか。

 この記念すべき見送は、株式会社川島織物セルコン(京都市左京区)で明石文雄技術顧問の指導のもと、綴織の技法で織られました。

 絵が決まってから織下絵の制作、配色、試作などを経て、完成までに3年間かかっています。細かな図柄部分はベテランの織手が二人がかりでも一か月に約8cmしかおり進むことができません。使用した色数は優に800色以上。裏目を上にして織るため、小さな鏡で図柄の織り上がりを確認しながらの作業。日本文化の底力を感じました。

 気高い鳳凰の姿は長刀鉾の平成の宝として、未来を見つめ続けることでしょう。